2019/08/05

『Haus / Studie 1』を聴いたイメージにまつわる文章の跳躍(小野寺伝助)

歩幅がリズムになり、辿った道のりがメロディになる。
歩いている。目的地はない。直線は描かない。
路地裏の狭い道を通ったりもするが、べつに近道ではない。
迷ってる訳でもない。
明確な確信がある訳でもないが、歩むべき地図のイメージはある。
その地図上の街は植物に似ている。花を咲かせる植物ではなく、どこまでも緑の葉を茂らす一本の大きな木の、目には見えないたくさんの葉脈のような。
もしくは縦横無尽に伸びる枝。

その枝と枝の間に鳥が巣を作っている。
季節は初夏で、一羽の母鳥と、五羽のひな。そろそろ巣を飛び立つ頃。
すでに空を羽ばたくイメージはできている。
イメージの背景は青空。
水色のプールに飛び込んで、潜水のままどこまでも進むような感じ。
深く息を潜め、25mの壁にタッチして、その向こう側へ飛び立って、羽ばたいて、地上30m地点、羽根を大きく広げて上空の風を受けとめて、たゆたい、流れるように大きな円を描く。

描いた輪郭は飛行機雲となり、地上にいる五人の子ども達が喜んでいる姿が小さく見える。
自分は鳥なのか、飛行機雲なのか。イメージの境目は曖昧になっていく。
やがて、子ども達はいなくなり、日が暮れて夜が来ても飛行機雲の輪はそのまま夜空に浮かんでいて、夜の街を上から見おろしている。
家々に灯るあかりと、消えるあかり。
明滅するタクシーのテールランプ。
オレンジ色の街灯に照らされた道。赤提灯。

終電の光の筋が直線を描く。

テーブルの上の炭酸の泡はいつの間にか消え、貨物列車が遠くの線路を鳴らす頃、羽化した蝉が飛行機雲の輪をつらぬいて、地上45m、生まれて初めての鳴き声をあげる。
その声を聴いている。夜の街を歩きながら。

鳥は巣で寝ている。夢を見ている。それは街を歩く夢。
懐かしい東京の街。いつか空から眺めた街。夢の歩く街。
地図は頭に入っているのに、飛ぶのと歩くのでは、こんなにも景色は違って見える。
外壁の色、アスファルトの感触、人間の顔。
世界の素晴らしさに思わず快哉を叫ぶと、それは愉快な寝言となり、なんの鳴き声かも知れぬその声を聴いている。
やはり、夜の街を歩きながら聴いている。

深夜の電線。
その上をハクビシンが歩く。
電線を揺らさず軽やかにステップを踏む、その美しさ。
無風。無音。暗闇。
やがて、どこからともなく電線の上を伝って集まった5匹のハクビシンは一斉に空へと飛びたった。その上空には綺麗な円を描いた飛行機雲。
遠くで笑い合う声が聴こえる。
緑の葉を茂らす一本の大きな木は暗闇の中で影となり、あらゆる生命の家となる。
すっかりぬるくなった缶チューハイを飲み干すと、結局自分は家に居て、明日のことを考えながら眠りにつくところだった。
今日はどのくらい歩いたのだろう。
どこを?どうやって?
ベッドの上、身体は軽く、どこまでも歩いて行ける気がする。

アルコールとブルーライトで目が冴えて、眠れずにいる。


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小野寺伝助
V/ACATIONにてドラム。ffeeco womanにてギター。地下BOOKS主催。著書に『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』。